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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11594号 判決

本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。) 株式会社 音楽企画出版

右代表者代表取締役 熊澤制子

右訴訟代理人弁護士 中山慈夫

本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。) 株式会社 東通

右代表者代表取締役 館幸雄

右訴訟代理人弁護士 中尾昭

主文

一  被告は、原告に対し、四六〇四万五四二〇円及びこれに対する昭和六一年九月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対するその他の本訴請求を棄却する。

三  被告の原告に対する反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告の負担とし、その他を原告の負担とする。

五  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告の本訴請求

被告は、原告に対し、七六一八万〇〇八〇円及びこれに対する昭和六一年九月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告の反訴請求

原告は、被告に対し、六二五万円及びこれに対する昭和六〇年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  当事者の請求の内容

1  原告の被告に対する本訴請求は、原告が被告に制作依頼したライブコンサートのPCM録音及びビデオ録画に基づくビデオグラム原盤が、最も重要な曲に一部録音漏れがある不完全なものであり、これにより原告は本件コンサートのビデオ化権等を販売することができなくなるなどの損害を被ったとして、債務不履行(履行不能)に基づき、損害賠償金七六一八万〇〇八〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日以降の年六分の遅延損害金の支払を求めるものである。

2  被告の原告に対する反訴請求は、被告が原告から請け負った右コンサートのPCM録音及びビデオ録画並びにこれに基づくビデオグラム原盤の制作の残代金六二五万円とこれに対する代金支払期日の翌日である昭和六一年一二月一日以降の年六分の遅延損害金の支払を求めるものである。

二  争いのない事実等

(証拠により事実を認定した場合には、当該箇所に証拠を摘示する。《証拠摘示省略》)

1  原告は、音楽興行、CM制作、各種音楽原盤制作等を業とする株式会社である。

被告は、放送番組制作、各種ビデオソフト制作、映像・音声の収録等を業とする株式会社である。

2  原告は、海外からボブ・アンディ、ジミー・ライリー、フレディ・マクレガー、ジュディ・モワット、マックス・ロメオ、トミー・コーワン、スタジオ・ワン・バンド等の有名アーチストを招聘し、昭和六〇年八月三〇日、東京都稲城市矢野口三二九四所在の「よみうりランドイースト」において「レゲエ・サンスプラッシュ・ジャパン・八五」の公演(以下「本件コンサート」という。)を開催した。なお、レゲエとは、ジャマイカで生れた黒人大衆音楽である。

3  原告は、本件コンサートに先立ち、本件コンサートで実演した各アーティストからその実演のビデオ化権、放送権、有線放送権等の各種権利(以下「本件ビデオ化権等」という。)を取得した。

原告は、本件コンサートのPCM録音及びビデオ撮影をし、本件コンサートのビデオグラム原盤及びレコード原盤を制作して、本件ビデオ化権等を国内及び国外の放送事業並びに音楽関係者に販売もしくは賃貸することを企図していた。

4  原告は、昭和六〇年八月二六日、被告との間で、次の約定で請負契約を締結した(以下この契約を「本件契約」という。)。

(一) 被告は、本件コンサートの二四チャンネルPCM録音(デジタルオーディオ録音)、及びビデオ録画をする。

(二) 被告は、右PCM録音された音声及びビデオ撮影された映像に基づき、ビデオグラム原盤(いわゆる「完パケ」)(PCM収録原盤の音及びビデオ録画を編集・構成して制作するもの。)を制作し、昭和六〇年九月二八日までに原告に納品する(なお、右納期は、後に一〇月六日に変更された。)。

(三) 本件契約代金は、七二五万円とする。

5  被告は、昭和六〇年一〇月六日、原告にビデオグラム原盤を納入した(以下、この日に納入されたビデオグラム原盤を「本件ビデオグラム原盤という。)。

6  原告は、昭和六〇年八月二六日、本件請負代金のうち一〇〇万円を支払った。

三  争点

1  本件コンサート当日の二四チャンネルのPCM音声収録(PCM収録原盤)に録音漏れがあったかどうか。

2  被告が納入した本件ビデオグラム原盤が不完全で、商品化できないものであり、本件契約に基づく債務の履行が不能になったといえるかどうか。

3  被告による本件ビデオグラム原盤の納入が本旨に従った履行といえるかどうか。

4  被告のビデオグラム原盤の納入債務が履行不能になったとした場合に、被告に帰責事由がないといえるかどうか。

5  右履行不能について、原告にも過失があるかどうか。

6  原告の損害はどれだけか。

第三争点に対する判断

一  争点1(録音漏れの有無)について

1  証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 曲目「ウィ・アー・ザ・ワールド」の歌手マックス・ロメオ及びミロ・ライリーのソロと、曲目「ランド・オブ・アフリカ」の歌手フレディ・マクレガー、マックス・ロメオ及びトミー・コーワンのコーラスは、サブボーカルマイクNo.2から22チャンネルに録音する予定であった。しかし、右マイクからこれらの音声は、録音されていなかった。これらの音声は、右各曲目のメインボーカルであった。

(二) 右の録音漏れのあった各アーティストの演奏に問題はなかったから、このようにサブボーカルマイクNo.2からの録音がなされていなかったのは、収録する側の機械的な原因に基づく録音漏れであった。

(三) コンサートの後の九月三日頃から一〇日頃にかけて、被告は映像と音の編集を行った。そして、同月の一〇日頃に映像に音を合わせる作業(MA作業)を行った。異常が発見されたのは、このMA作業中の同月一〇日である。

(四) 被告は、前記の収録ミスを認め、原告関係者とも協議して、関係アーティストをニューヨークに集めて再収録することを計画した。そして、その手配を落合三郎に依頼し、その費用として二〇〇〇ドルを同人に送金した。しかし、アーティスト全員を集めることはできなかったので、結局再収録することはできなかった。しかし、被告は、一〇月六日に編集したビデオグラム原盤を納入した後の一〇月一五~二〇日頃までは、再収録を考えていた。

2  右の事実によれば、右各曲目の右各アーティストの音声(声)について、録音漏れがあったと認めるのが相当である。

これに対し、被告は、録音漏れがあったことを争い、原告のクレームはいわゆる録音漏れのクレームではなく、芸術的な観点から不満足である旨のクレームであったと主張している。

しかし、被告の行った録音は、録音対象である様々な楽器音や声について、どの音声を拾うかといういわば守備範囲をマイクごとに設定してこれを設置し、二四チャンネルで演奏を録音した上で、これを最終的には一本化して、ビデオグラム原盤を作製するというものであったと認められる。本件においては、曲目「ウィ・アー・ザ・ワールド」の歌手マックス・ロメオ及びジミー・ライリーのソロと、曲目「ランド・オブ・アフリカ」の歌手フレディ・マクレガー、マックス・ロメオ及びトミー・コーワンのコーラスの録音を受け持つサブボーカルマイクNo.2からの録音が全くなされていなかったというものであり、他のマイクからいわば間接的に小さく録音されているものが、本来の録音を受け持つマイクからの録音と質的に異なる以上(この点については、後記二を参照。)、これを録音漏れであると評価すべきであるのは当然である。

二  争点2(履行不能の成否)及び3(本旨に従った履行の有無)について

1  証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和六〇年九月一九日、当時の原告代理人の鈴木五十三弁護士の事務所で、関係者が集まり、本件の録音漏れの前後策について話し合いをした。その際にも、被告の担当者の西原次長及び畳は、その段階までに編集したものが不完全であることを認め、協議のうえ、再収録を約し、これを計画していた。

(二) 昭和六〇年一〇月五日、被告の強い要請で、小栗監督立ち会いのもとで、編集作業(ミックス作業)が行われた。二四チャンネル録音では、サブボーカルマイクNo.2からの録音漏れがあったボーカルの音は、他のマイクも小さな音で拾っていた。当日行われた編集作業は、他のマイクが拾った録音漏れのボーカルの音を機械的に増幅拡大した上、他のチャンネルに録音されている各種の音をミックスして編集し、音楽作品として使用できるものかどうかをみようというものであった。

(三) しかし、このような編集をしても、録音漏れのあったボーカルの音が非常に希薄であり、画面を見ながら音を聞くと、録音に異常のあることが察知できる状態であった。同日、この編集作業を前提に、関係者で話し合いが持たれたが、小栗監督は、これが音楽作品としては不完全であるとの判断を示し、被告の担当者も、これが音楽作品として不完全であることを認めていた。

(四) 被告は、その後も、一〇月一五日~二〇日頃までは、録音漏れの部分を再収録する努力をしていた。

(五) メインボーカルの録音漏れがあった「ウィ・アー・ザ・ワールド」及び「ランド・オブ・アフリカ」という曲は、本件コンサートのフィナーレを飾るいわば目玉的な曲であった。本件コンサートでは、レゲエのコンサートとしては世界で初めて、参加したアーティスト全員がフィナーレでこの二曲を歌う企画を実行した。この二曲については、本件コンサートを企画した原告及び株式会社タキオンは、アフリカ開放の歌という位置付けをしていた。殊に、「ウィ・アー・ザ・ワールド」という曲は、もともとはマイケル・ジャクソンが歌って有名になったアフリカ飢饉の救援を呼び掛ける曲であって、昔エチオピアから奴隷としてジャマイカに連れてこられた人々の子孫である本件のアーティスト達が歌うという意味でも、象徴的な意味を持つ曲であった。また、「ラウンド・オブ・アフリカ」の方は、反対にアーティスト達からの希望で、フィナーレの曲として選択された曲であった。

2  そこで、右の事実に基づいて考える。本件のコンサートは、レゲエという音楽芸術の分野に属するものであった。したがって、このコンサートの音と映像を収録して編集して作製するビデオグラム原盤は、音が生命であり、それに映像を付加し、音と映像との調和によってその芸術的感興をつたえるものでなければならない。本件の録音漏れは、前記のメインボーカルの録音を受け持つマイクからの録音が全くなされていなかったというもので、映像と対比して見ると録音が不完全であることが察知でき、編集の技術的テクニックで補うことができないものであった。

レゲエは、ボーカルを主体とする音楽(声楽)であり、編集の努力にもかかわらず、メインボーカルの音声に欠陥があることは、致命的であるといわざるを得ない。そして、メインボーカルの録音漏れがあった二曲は、企画面でも、曲自体の魅力でも、本件コンサートのフィナーレを飾る目玉的な曲であり、象徴的な意味をもった曲であった。もともとコンサートは、一定の芸術的観点から演出され全体としてひとつのまとまりを持つ演奏形式であり、ライブ録音・録画は、そのようなコンサートの現実の有様を、観客の歓声等も含め音と映像で一体として再現することにより、当該コンサートの音楽的感興や興奮等を臨場感をもって伝達するのを生命とするものである。

したがって、このような意味を持つ本件コンサートのライブ録音においてきわめて重要なフィナーレの二曲の録音が不完全であることは、本件ライブ録音全体の価値を著しく損うものといわなければならない。結局、本件ビデオグラム原盤は、コンサートのライブ録音・録画の音楽作品としては不完全で、商品価値がきわめて乏しいものといわなければならない。

そして、被告の努力にもかかわらず、結局録音漏れの部分について再収録をすることができず、原告と被告との間の話し合いも成立せず、本件訴訟に至ったものである。よって、本件契約に基づく本件コンサートのビデオグラム原盤の納入債務は、遅くとも本件訴訟の提起の時には履行不能になっていたものというべきである。

したがって、また、昭和六〇年一〇月六日に被告が納入したビデオグラム原盤は、本旨にしたがった履行とはいえないというべきである。

3  以上の結論に関し、被告が主張する以下の二点について補足する。

(一) エフエム東京に対する納品について

《証拠省略》によれば、原告は昭和六〇年八月二二日にエフエム東京と本件コンサートを音声収録した録音テープを納品する契約を締結したこと、エフエム東京は原告から納品されたテープにより、二回にわたりFM放送をしたこと、エフエム東京には、その放送について録音漏れを指摘されたり苦情が寄せられたりした記録はないことが認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、納品できないことになれば原告・被告とも自社の信用も含め相当の損害を被る恐れがあること、エフエム東京での使用の仕方が画面のないラジオ放送であること等を考慮し、原告と被告とで協議のうえ、問題の録音漏れの部分に関しては場内の歓声(いわゆるガヤ)をいれるなどの編集をして納品したことが認められる。したがって、右ラジオ放送に関し苦情が寄せられなかったとすれば、それは右のような編集をしたことによるものとみとめるのが相当である。よって、この点は、本件ビデオグラム原盤が不完全であったとの認定を妨げるものではない。

(二) 本件収録に対する海外の業者の評価について

《証拠省略》によれば、原告は、アメリカの関係業者に本件コンサートのビデオ化権の販売について打診し、その後本件コンサートのセールス用のダイジェスト版ビデオを作製し、これを右業者に送付して販売の見通しを質したこと、これに対し、アメリカの業者からは、音質・画質・編集を評価したうえで、本件コンサートのビデオ化権か二〇~二五万ドルで販売できるであろうとの見通しが明らかにされたことが認められる。

しかし、他方、《証拠省略》によれば、原告は、右業者に対し、「ウィ・アー・ザ・ワールド」と「ランド・オブ・アフリカの」二曲のボーカルに一部録音ミスがあり、現在再録音を準備中である旨をことわって検討を依頼したことが認められるから、アメリカの業者の高い評価は、再録音を前提としたものであったと認めるのが相当である。したがって、この点も、本件ビデオグラム原盤が不完全であったとの認定を妨げるものではない。

三  争点4(被告の帰責事由の有無)及び5(原告の過失の有無)について

1  被告は、この点について次のように主張する。

すなわち、収録の最高責任者は、小栗謙一監督、プロデューサーの役割を担当していた原告(または当時の原告代表者の熊澤利之)、または畑中稔であり、被告はその指揮のもとに行動したに過ぎない。本件のようなライブコンサートのプロデューサーは、収録をするに際し、コンサート中に発生するあらゆる事故に対して対応できる二段構え、三段構えのバックアップシステムを講ずる義務があるのに、これを怠ったことにより、本件の問題が生じたものである。

また、本件コンサートの収録責任者である原告、熊澤利之、畑中稔または小栗謙一らが、コンサート収録に必要な事前準備、事前打合せ等をせず、イベントやコンサートの興行をする業界において常識であり、かつ、最低限度の指示方法であるいわゆる「打合せ台本」もないまま本件コンサートを強行したことが、本件の問題発生の原因である。

2  そこで、検討するに、証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告及びその下請けの株式会社タムコは、コンサート等の録画・録音の技術的な専門家で、それをそれぞれの営業目的の一つにしている。被告及びタムコの当時の技術水準は、業界のトップクラスに位置していた。

(二) 原告は、ビデオソフトの編集を依頼した小栗監督の意見等を参考にして、本件コンサートの収録及びビデオグラム原盤の制作を、被告に対し本件契約により依頼した。

(三) 小栗謙一は、主として映画監督として活動してきた者で、録音・録画の技術的専門家ではない。同人は、原告から、編集責任者の立場から録音・録画をするために必要な指示(アドバイス)をすること、並びに収録した素材を編集することを依頼された。したがって、同人の仕事はライブコンサート自体の演出や、録音・録画の指揮ではない。同人は、原告から、このコンサートについてライブ録音・録画をして、ビデオソフト(ビデオディスク、レーザーディスク等の絵と音とが出るソフト)や、テレビ番組にして販売することを予定している旨聞いていた。

(四) マイクやカメラをどこにどのように何個設置するかというような技術的な作業は、被告(及び被告から本件のコンサートの収録を下請けした株式会社タムコ)が行った。録音・録画の技術的な責任は被告及びタムコにあった。したがって、小栗監督は、技術的な指示はしていない。もっとも同監督は、ビデオソフト編集の責任者として、どういう音や映像を撮りたいのかという自己の持つイメージ等は被告の技術担当者に話して、協力を求めた。

(五) 小栗監督と被告とは、昭和六〇年七月の末からコンサート当日にかけて、通常行われる程度の打合せ、現場の下見、アーティストのリハーサルの見学等を行い、本件コンサートの録音・録画の準備を行った。

(六) 収録中に異常事態(機械の故障、テープの異常、天災等)が発生した場合の態勢は、予め小栗監督と被告・タムコとの間で、打合せがなされていた。しかし、当日は、被告側から小栗監督に対し、これらの異常が起きたとの連絡はなかった。

(七) 被告側では、収録後録音に異常がないかどうか全般的にチェックをし、一部録音ミスが発見されたので、九月三日に必要な部分を再収録した。しかし、本件の録音漏れは、そのチェックでは発見されなかった。

3  以上の事実及び前記二の1(二)、(三)の事実によれば、原告は、収録を業とする技術的な専門家である被告に対し本件コンサートの収録を依頼し、他方芸術作品(主人として映像芸術)制作の専門家である小栗監督に対し収録した素材から音楽作品であるビデオソフトを制作することを依頼したものであり、実際の業務も、この役割分担に従ってなされたものということができる。すなわち、収録の責任者は被告自身であったと認めるのが相当であり、原告や小栗監督が収録の責任者であり被告がその指揮をうける関係にあったとは認められない。現に、被告が本件コンサートの収録業務をするに当たって、技術的な面で小栗監督や原告の指揮を受けたことはないと認められる。そして、編集の責任者である小栗監督は、ビデオソフトの編集の責任者としてコンサートの収録の際に通常必要と考えられる程度の打合せないし準備を被告との間でしているものと認められる。

したがって、契約を締結した以上、技術的に安全を期するためどの程度のバックアップシステムを採用するかといった点は、被告の問題である。また、収録についてのいわば原告側の担当者ともいうべき小栗監督と被告とは、通常行われる程度の準備作業をして本件コンサートに臨んだものということができる。そして、本件の録音漏れは、被告の責任領域内である機械的ないし技術的な原因で起きたものであるから、その責任はもっぱら被告にあり、小栗監督や原告にはないというべきである。

当日が雨天であったことについては、本件がライブ録音であって、当日の天候が雨であることも当然あり得ることとして準備すべきものであるから、当日余程の予測を超えた異常な事態でも起こらない限り、被告の責任を免除する事由とはなり得ない。当日は、台風の影響で雨が降ったが、客も帰らず、コンサートは開始され、雨でそれが中断されることもなく、収録のスタッフも収録が可能であるとの判断をしていた。したがって、雨が降ったことが被告の責任を軽減するものではない。

よって、本件の録音漏れについて被告には帰責事由がある反面、原告に過失があるとはいえない。したがって、被告は、本旨に従ったビデオグラム原盤の納入義務が履行不能になったことにより原告に生じた損害の賠償をする義務がある。また、被告は、本旨に従った履行をしていないのであるから、原告に対し本件契約の代金を請求することはできない。

四  争点6(原告の損害額〔請求額七六一八万〇〇八〇円〕)について

1  損害賠償の範囲について

被告は、原告が本件コンサート収録の放送権・ビデオ化権・レコード化権等の各種権利を国内外に賃貸・販売して収益を上げる計画であったことを争っている。

しかし、原告が七二五万円もの経費をかけて録音・録画の技術的専門家である被告に本件コンサートの録音・録画を依頼したこと自体が、原告がその原盤を音楽ソフトとして販売する等の意図を有していることを端的に示しているものというべきである。そしてさらに、原告は映像芸術の専門家である小栗監督にビデオグラム原盤の編集を依頼していたのであり、かつ、証拠によれば、被告は本件契約の締結にあたり原告の意図を現実にも承知していたものと認められる。

したがって、本件コンサートのビデオ化権等を販売できなくなったことは、本件の履行不能による通常損害というべきである。

2  本件ビデオ化権等の販売不能による損害額について

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件コンサートは、ジャマイカに本拠を置くシナジープロダクションとの契約に基づいて、原告が開催したものである。シナジープロダクションは、ジャマイカのレゲー音楽のコンサートをプロデュースしている組織で、一九七八年(昭和五三年)から、ジャマイカで「レゲエ・サンスプラッシュ」という大フェスティバルを開催している。同プロダクションは、昭和五五年頃からは、アメリカ、イギリス等の各地で「レゲエ・サンスプラッシュUSA」等の名称でレゲエコンサートを開催している。本件コンサートも、シナジープロダクションがプロデュースし、「レゲエ・サンスプラッシュ・ジャパン八五」と銘打って行われた。シナジープロダクションは、昭和六〇年当時、アメリカ、カナダ、イギリス等においてレゲエコンサートのビデオ化権の販売実績を有していた。

(2) 本件のコンサートに出演したアーティストは、レゲエ音楽では一流のアーティストであった。そして、本件コンサートのいわゆる目玉として、原告はフィナーレでアーティスト全員が同じ曲を歌う企画を立て、それを実現した。そのような企画は、レゲエのコンサートではいままでなされたことがなく、本件コンサートが世界で初めてのものであった。そして、そのフィナーレを飾る曲として選ばれたのが、世界的なヒット曲であり、象徴的な意味をもつ「ウィ・アー・ザ・ワールド」及び「ランド・オブ・アフリカ」であった(そして、不運なことにこの二曲に録音漏れが発生した。)。

(3) 当時の日本の録音・録画技術は、世界の最先端にあって、被告は日本の業者の中でもトップクラスに属する技術専門家集団であった。特に録音は、当時普及し始めたばかりの音質のよいPCM録音で、音質、画質とも当時としては最高の品質を確保できる態勢であった。

(4) 原告は、よみうりランド・イーストのほかにも、国内の二か所でレゲエ・サンスプラッシュを企画したが、そのうち、琵琶湖でおこなわれたコンサートについては、原告はNHKに放映権を一九〇〇万円で売却した。

(5) 当時、日本では、レゲエ音楽に関しては、レコードやビデオカセットが発売されてはいたものの、広くファンを獲得するところまでには至っていなかった。

しかし、本件コンサートが日本で開かれる初めてのレゲエの大コンサート(レゲエ・サンスプラッシュ)であったため、これに関する記事が音楽雑誌等に比較的多く掲載された。

(6) そこで、以上の事実を前提に、以下において原告の損害額について検討する。

(二) 海外におけるビデオ化権の販売について

認容額 三三六〇万円

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

① 原告は、シナジープロダクションと提携して、本件コンサートのビデオ化権をアメリカ、カナダ、イギリス等で販売することを考え、その準備をしていた。原告が、販売場所として特に有望と考えていたのは、ジャマイカからの移民が多いニューヨーク、トロント、ロンドン等であった。

② 原告は、アメリカの関係業者に本件コンサートのビデオ化権の販売について打診し、その後本件コンサートのセールス用のダイジェスト版ビデオ(但し、録音漏れの部分については、再収録を前提とするもの。)を送付して販売の見通しを質した。これに対し、アメリカの業者からは、音質・画質・編集を評価したうえで、本件コンサートのビデオ化権が二〇~二五万ドルで販売できるであろうとの見通しが明らかにされた。

ちなみに、シナジープロダクションがヨーロッパで開催した前年の「レゲエ・サンスプラッシュ」のビデオ化権は、実際に一七万五〇〇〇ドルで販売された。

③ そこで、原告は、本件コンサートに参加したアーティストが一流ぞろいであること、そのビデオソフトの音質及び画質に最高のものが期待できること、そして専門家を起用して編集をしたことなどから、二〇~二五万ドルでビデオ化権を販売できるものと考えていた。

(2) このように、本件においては、本件コンサートがシナジープロダクションが世界各地で開催していた「レゲエ・サンスプラッシュ」の一つとして行われたこと、レゲエ・サンスプラッシュのビデオソフトは既にアメリカ等で販売実績があったこと、出演したアーティストも一流で、従来のサンスプラッシュに劣らないものであり、今までにない新しい企画も実行されたこと、実際のビデオの出来栄えもよく、アメリカの専門業者から商品価値の高いものと評価され、二〇~二五万ドルで販売できるとの見通しが述べられていたこと等の事実を指摘することができる。これらの事実を考えれば、本件の録音漏れがなかったならば、本件コンサートのビデオ化権は海外で少なくとも二〇万ドルで販売することができたと認めるのが相当である。

なお、原告が海外でビデオ化権を販売する場合には、アメリカ等の業者を介してこれをせざるを得ないと考えられるから、その販売に要する手数料(報酬を含む。)を差し引いたものが損害になるというべきである。そして、差し引くべき手数料は、販売価格の三〇パーセントとするのが相当である。

したがって、ビデオ化権の販売に関する損害は一四万ドルとなる。当時の為替レートは、一ドルが二四〇円程度であったと認められるから、これにより右損害を円に換算すると、三三六〇万円となる。

(三) アメリカ・カナダにおけるケーブルテレビ放映権の販売について

認容額 二一〇万円

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告が、セールス用ダイジェスト版ビデオをアメリカの業者に送付したところ、ケーブルテレビの放映権を販売できる見通しが伝えられた。

また、原告は、ケーブルテレビの関係者から、テレビ本局への販売価格の相場を二万五〇〇〇ドル程度であるとの情報を得た。

(2) 右の事実に前記(二)の(2)の事情を考え合わせれば、原告はアメリカ、カナダにおいてケーブルテレビの放映権を原告の主張する一万二五〇〇ドルを下らない価格で販売することができたと認めるのが相当である。

しかし、前記(二)のビデオ化権と同様に、販売経費(販売を委託する業者の手数料等)として販売価格の三割を差し引いた八七五〇ドルが本件の損害であるというべきである。よって、一ドル二四〇円で換算して、二一〇万円がこれに関する損害である。

(四) 海外におけるレコード化権の販売について

認容額 一六八万円

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、アメリカ、イギリスのレコード会社に売込みをする予定をしていたが、録音漏れ箇所の再収録ができないため、具体的な交渉にはいることができなかった。しかし、原告は、レコード化権の相場を二万ドル程度とみていた。

(2) 右の事実によれば、レコード化権を確実に販売できる見通しは立っていなかったといわなければならないが、前記(二)の(2)の事情から考えて、少なくとも一万ドルでは販売が可能であったと認めるのが相当である。

レコード化権についても、他の業者を通じて販売することになると考えられるから、損害額はその七割の七〇〇〇ドルと認めるのが相当である。よって、一ドル二四〇円で換算して、一六八万円が損害である。

(五) 国内におけるビデオ化権、レーザーディスク化権、CM転用権の販売について

認容額

① ビデオ化権 六四〇万円

② レーザーディスク化権 二一〇万円

③ CM転用権 二四〇万円

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

これらについては、原告は、東映ビデオ、東宝、コロンビア等に売込みをする予定をしていた。

あるレコード会社の担当者からは、ビデオ化権及びレーザーディスク化権を含めた一応の相場として二〇〇〇万円位が示され、レザーディスク化権のみについては、他の業者の担当者から三〇〇万円位の相場が示されていた。また、ビデオテープのCM転用については、それに詳しい関係者の話では、画質のよいものであれば二万ドル位では販売できるのではないかということであった。

(2) 右の事実に加え、前記(一)の事情や(二)の(2)の事情を考慮すれば、原告は、本件コンサートのビデオ化権を少なくとも六四〇万円で、レーザーディスク化権を少なくとも二一〇万円で、ビデオテープのCM転用の権利を少なくとも二四〇万円で、それぞれ販売することができたと認めるのが相当である。

(六) 国内におけるテレビ放映権、ケーブルテレビ放映権、レコード化権の販売について

認容額

① テレビ放映権 五六〇万円

② ケーブルテレビ放映権 一〇〇万円

③ レコード化権 一六八万円

(1) 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、テレビ放映権の販売等に関し、大手業者である電通の担当者と会談し、その時の感触から、番組放送権料ゴールデンタイム二〇〇〇万円程度、深夜八〇〇万円と値付けしていた。また、原告は、ケーブルテレビ放映権についても、電通の担当者と交渉し、深夜枠のケーブルテレビ放映で八〇〇万円位であるとの話しを得ていた。なお、ケーブルテレビ放映権については、原告は控え目にみて一二〇万円位との見通しを立てていた。

また、レコード化権については、原告は、一六八万円という販売見通しを立てており、他にレゲエ・サンスプラッシュのレーザーディスクを販売した経験のある者の目から見ても、相当な価格である。

(2) 右の事実によれば、テレビ放映権については少なくとも五六〇万円で、ケーブルテレビ放映権については少なくとも一〇〇万円で、レコード化権については少なくとも一六八万円で、それぞれ販売することができたと認めるのが相当である。

(七) 損害のまとめ

以上を合計すると、五六五六万円となるが、この金額は、被告が本旨に従った履行をしたときに認められる得べかりし利益であるから、損害賠償に当たっては本件契約に伴う代金を差し引くのが相当である。原告は、すでに一〇〇万円を支払っているから、未払の六二五万円をこれから差し引くべきである。

さらに、原告が上記の利益を上げるためには、販売経費が必要であるところ、原告はその経費として合計四二六万四五八〇円を主張している。そして、その金額は相当と考えられるから、結局損害額は四六〇四万五四二〇円となる。

なお、原告は、販売中止損失金として四九万四六六〇円を損害に加算して請求しているが、これらはビデオ化権等を販売するための経費に該当すると認められるから、損害に加算すべきものではない。

五  結論

以上のとおり、原告の被告に対する本訴請求は、四六〇四万五四二〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日以降の年六分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その他は理由がない。

これに対し、被告の原告に対する反訴請求は理由がない。

(裁判官 岩田好二)

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